自己紹介

渡邉義夫イラスト
渡邉義夫
僕は東京世田谷区若林で生まれ、3歳~18歳まで岡山県岡山市で育ちました。
中学・高校でバレーボール部に入部し、中学ではキャプテンを務め、高校では春高・インターハイにも出場しました。

高校バレーを引退し、この先どうするかなぁと思いながら高校を卒業しました。

とりあえず就職をしなくては・・・と思っている時、東京にいる従兄弟が、
「エレベーターの設置工事を一緒にやらないか?」
と誘ってくれたのです。
商業科卒の僕。
ペンチ、ドライバーくらいしか解らないまま、エレベーターの設置工事の仕事に就職します。

手先の器用さと持ち前の最後まで諦めずにやり抜く力で仕事を覚えようと頑張りましたが挫折…
従兄弟と、仕事とお金の絡む事で喧嘩別れをします。

その後、追い討ちか?20歳になったと同時に両親が離婚。

家族崩壊が始まった…その時まだ妹は高校生。
何故か我が家は多額の借金だらけという事実を知り、途方に暮れました。
母親の借金返済の為と、自分の生活の為に、朝から晩まではエレベーターの設置工事を覚える為に働きつつ、夜はクラブのホールスタッフ。
寝る暇なんて無い日が来る日も来る日も続きました。

恋愛もたくさん経験しましたが、わはははは…
必ず最後はフられるという輝かしい経験をもちます(笑)
心身がボロボロになっていた5年経った頃に、運命の女性(理絵)に出会い25歳で結婚。(現在は2男1女の父)

エレベーターの据付が一人前に出来る職長にまで上り詰めた27歳の時に、会社の昇降機事業部が倒産!
契約解除を宣告され転機を迎えました。

その頃、新聞で「治せる技術をお伝えします!」という整体師を育成する学校の説明会の広告を見て運命を感じ、働きながら整体学校へ通うことを決意します!

実は、高校バレー引退後、将来に向けてやりたい事がなかったわけではなかったのです。
僕は、先輩や同僚に、ストレッチをしてあげるのが大好きだったのです。
小学校の頃に「北斗の拳」のケンシロウとトキに憧れ、指先ひとつで病や痛みをよくしていることに興味を抱き、感動していたことを思い出したのです。

1年後、師範科を卒業し、次男の出産を機に、整体院をこっそりと自宅で開業しました。(江戸川区葛西)

整体の腕には自信があるけれど…集客スキル無し!というかやったことがない、目を見て話すのが苦手・・・ホームページも無い…
何だ、何も準備出来てないじゃないかってことに気付きますが、どうしていいか解らず毎月、月末真っ青になる生活を三年。
お客様に助けられ、ありがたい口コミと、紹介だけが頼りでした。

そして何より、妻に支えてもらいました。
妻は、よく僕を捨てずに僕を信じてくれたと心から感謝出来るようになったのはそれからしばらくしてからでした。
理絵がいなかったら今の僕はありません。

3年後にマンションの1室を店舗としてOPENすることが出来、その1年後に目黒区洗足に、憧れていた路面に店舗を構えることを許されました。

ただただ、ありがたいご縁と出会いに感謝の日々を過ごさせていただいております。

現在は、ストレスケアカウンセリングを中心に・オルゴン療法・整体をしております。

趣味・特技は?
バレーボール(現在、9人制バレー、ソフトバレーをしています)
愛娘を抱っこしながらの筋トレ
読書
こだわりのコーヒーを淹れて飲む事です(^^)